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患者さんとハンマー投げの起源の話になった。 一体誰が、いつのタイミングで、あのような競い合いを考え付いたのか!? ネット上で、私と同様の疑問と、推測を見つけたので、以下貼り付け。
・・・しかしそうやって起源を考えていくと、ハンマー投げと砲丸投げについてだけはどうにも釈然としないものが残ってしまうのだった。
槍投げは、当時から獲物に槍を投げる習慣はあっただろうから理解できる。 円盤投げも、苦しいがまあ、飛びそうな形ではあるから我慢できずつい皿か何かを飛ばしてみたのだろう。
だがそれがハンマーにしろ砲丸にしろ、鉄の塊ということになれば話は別だ。なぜあんな重い物をわざわざ投げようと思ったのか。 例えば現代で考えるに、扇風機でもサーバ機でも何でもいい、重い物を持つとしよう。持つからには移動なり収納なり何らかの目的があったはずだが、しかし男はそれを忘れてしまったとばかりふと行動を止める。
じっと落とした視線の先にはサーバ機だ。 「…投げてえ!」 おかしいじゃないかと。その不可解な情熱はいったい何だ。いや百歩譲ってそういう人がいてもいいとしよう。だが競技になるからには、同様の人間が他にもいなければならないわけだ。 「俺はこのサーバ投げたいどーん!」 「じゃあ俺はこっちのサーバだどーん!」 「負けるかサーバどーん! もひとつおまけにどーん!」 「※回線障害のお知らせ」 何やってんだよおまえらは。 話を戻すが、単なる力比べをしたかったのならば、ウェイトリフティングよろしく重い石を頭の上まで持ち上げて静止する、といったもので充分だったはずだ。
あるいは投げ技を競うのであれば、昔とはいえもっと軽いボール状の、例えば木の実なんかもあったはずだ。なのになぜそこでわざわざ重い物を投げるという危ないことをしてしまったのか。私は考えた挙げ句、その責任があいつにあるのではないかと思い始めた。 いつものように誰が一番力持ちかで小競り合いを始める集団。あの山の岩を持ち上げたぜ、と言われたところで証拠もなし、ひたすら続くは不毛な争いだ。と、響きを立てて扉板が開く。 「まあ待て」 毎度おなじみ長老でございます。お騒がせしております。 「比べてみれば、いいのではないかな」 またも長老は解決策を携えて光臨なさったのである。
さて力比べにどのような案を提示してくれるのか、周囲の者たちは固唾を呑んで見守っていただろう。
「ではこの石を、よいしょ、ほら。おまえから投げてみろ」 しかし唯一の悲劇は、長老が今回あんまり話を聞いていなかったということであった。
投げるなんて話は誰もしていないのに、この重い石をあろうことか投げる結果となってしまった。文句は言いたいが相手は長老だ。肩をしたたかイワせながらもここは投げるしかあるまい。 こうして当時多くの怪我人を出した試みは、時代が下ると共に効率的な投げ方も考案されて、この現代に競技として成立したのではないか。それを喝采すべきだろうか。いややはり、あんな重い物を投げていたら本人の体も痛めるだろうという点で、どうも手放しでは喜べないような気はするのである。
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